この町をきれいにする


super003「この町のおばあさんにやさしくしましょう。そうすれば、遠くにいるあなたの家族もどこかの誰かにやさしくしてもらっているはず」――拙書、柴犬まめの詩集『ぼくらは簡単なことばで出来ている』に収めたこのコトバを、先日、仙台のあるラジオ局の方が朗読してくださったらしいんです。不思議な気持ちでした。どこのどなたがこの本を見つけて東北の地まで届けてくださったのかわからないけど3月11日の夜、大阪ミナミに住むわたしは妙な不安感に駆られながらもテレビを消して、道頓堀の川沿いに散らかったゴミを拾い集めていました。「この町をきれいにすることがめぐりめぐって・・・」なんて、ゴーマンだけど自分の無力さをむりやり肯定したりして。もちろん、それは誰のためでもなく自分の心を整理し、掃除するためなのですけど。

最近のわたしは“道頓堀留学”を続けながらも、ほんの微力ではありますが散歩中、賑やかなネオンサインの町に置き去りにされたゴミを片付けています。すべてのものに光と闇があるとすればゴミは町のもうひとつの顔。とくに朝方のミナミには人の心のヌカルミやササクレがたくさん落ちています。ちなみどんなゴミが多いと思います?吸殻、あき缶、ガム、ファーストフードのクズ紙、コンビニのビニール袋などは定番ですが、ご当地ゴミ・ナンバーワンは「ツマヨウジ」。危ないですよ、食いしん坊の愛犬たちが誤飲する可能性も大いにあるし。ゴミを片付けるようになった一番の理由は、犬たちがせめて安全に歩ける街にならんかな、という母心かもしれません。子どものいるママさんならわかるはず。でもね、実は、これが案外楽しい。遊歩道のウッドデッキやベンチに挟まった吸殻やツマヨウジを細めのトングですっと抜き取る。道や橋にへばりついた「ガム」をコテのようなものではがす。地元商店街の方やよしもとの若手芸人たちと朝から戎橋の「ガムはがし」に夢中になっている日もあります。黒いガムが剥がれて「戎橋が白なった!」。これ、本当です。ただ、ゴミを置いていく人の数となるとどうなんでしょうね。テレビでは海外の人たちが日本人の規律正しさや支えあう精神を誉めるけれど、道頓堀の川を掃除してくれている清掃局の船に向かってアキ缶を蹴ったアイツ、絶対ゆるさん!!とか思う日もありますよ、正直。でも、おかげでこれまで見えなかった町の景色が見えてきたことは確かです。一時的な感情ではなく、継続して、自分の生きていく場所を大事にしなきゃなあ、とつくづく思うこの頃。そういう小さな想いの連鎖が、まわりまわってたくましい日本を創るのだと、少なくとも私は信じています。

 

photo/Tokuharu Yamada(500G)

 

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