お母ちゃんのフェイスブック


super006先日、因島に暮らす母親からフェイスブックに友達リクエストが届いて驚いた。意外な友人からのリクエストに驚くことはあれ、フェイスブックという世界に「母親」は住んでなかったから余計に。承認ボタンを押し、ページを見てみると「ちょっと練習」「はじめての投稿」などの文字といっしょに、柴犬まめが海で泳いでいる写真や、地元の新聞に掲載された私の「マチオモイ帖」の記事がアップされている。この状況から母が「新聞記事のスキャニング」→「リサイズ」→「アップ」の工程を踏んだことがわかる。現在、友達数3人。母は機械が得意なわけでもないけれど、子供たちが因島を巣立ってからというもの、都会で暮らす娘や息子と「繋がりたい」「伝えたい」「おしゃべりしたい」という純粋な気持ちだけでメールを覚え、デジカメを覚え、デジカメ写真を使って年賀状やカレンダーを作るぐらいのスキルは身につけた。実家に帰ると「この写真に吹き出しを入れたい。どうしたらいいか」など質問攻めに会う。で、感心しながらも「なんでわからんの?!」とイラつき、うまく教えてやれずに自己嫌悪。母がパソコンに向き合う中で「ちょっと聞きたいこと」は些細なことだ。サポートセンターに電話するほどでもない。たいていは父親が世の中のしくみとパソコンのしくみを照らし合わせ「たぶん、コレじゃろ」と何かのキーを叩き解決。母に言わせるといつだって「お父ちゃんは天才」。ただ、フェイスブックは父親が知る世界ではない。からくりを紐解いてみると数日前、フェイスブックで私に「もしかして、しょうこちゃん(=母)の娘さんですか?」とメッセージしてきたある重井町内の方が母にSNSの世界を教え、使い方をレクチャーしてくださったのだ。「お母ちゃん、知らん世界に出会ってワクワクしょうる」と電話があった。道頓堀に暮らす私には手が届かない母の日常がある。今は元気でいてくれているけど、太刀打ちできないことも増えるだろう。その、ざわざわとした胸騒ぎにも似た気持ちを埋めるかのように開いた「マチオモイ帖プロジェクト」に込めたオモイは「この町のおばあさんにやさしくしましょう。そうすれば、遠くにいるあなたの家族もどこかの誰かにやさしくしてもらっているはず」、この一点。重井町に住む人にやさしくしてもらっている母を確認することができて、ほっ。

2月の東京展『my home town わたしのマチオモイ帖』では、日本全国300名程のクリエイターとオモイを共有することができた。想像を越える反響だった。日本中のふるさとの母が誰かにやさしくしてもらっていることを願う。追伸。先日、母のページをクリックしてみると友達が5人に増えていた。大切なものはたくさん持たないこと。

 

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