この町のお父さん・お母さん


super009今回は道頓堀のお父さんやお母さんのことを書く。名前も知らないし、どこで暮らしているのかも知らない。あたたかい日は太左衛門橋や相生橋の下のベンチに3~4人で座っていて、柴犬まめとみつを連れて通るたびに、犬好きのお母さん(と、呼んでいる人)は孫に会うように「おいで、おいで」と犬たちを撫でる。彼女は私にいろんな話をする。探偵のような仕事をしていて本当はもう定年だけど人手不足でミナミの繁華街を徘徊するターゲットの見張りや尾行をしているという。きりっとした美人。「朝と晩にこの橋を通る男をチェックして、次の地点にいる仲間に知らせるんよ」「今は携帯があるけど、昔はカバンに小型カメラを仕込んで尾行したものね」「女だから切り抜けられた場面もあったわ。世の中の裏黒いところ全部見てきたよ」と笑う。一方、お父さん(と、呼んでいる人)は元ボクサー、いつも細身の身体にキャップとベストを着用。「昔、相当悪いことをしてきたでなぁ、世間に恩返しをして回っとるよ」、少し訛りがある。夜な夜な温かいごはんを炊いて路上生活をしている人たちに配っているという。「月曜日は、昔の恋人に電話をするんや。わしがどこにおるかは言うてへんけど死んだら骨だけは拾うてあげるわ、云うてくれとるんやで」とちょっと惚気る。私はふむふむと頷く。ある日、いつものように朝の散歩をしていると、向かいの川岸にお父さんがいて、急いでこちらにやってくる。手には缶コーヒー。お母さんと私のまで買ってきてくれた。ホントは出勤時間が迫っていたけど缶コーヒー1本ぶん、3人と2匹で過ごした。道頓堀川を眺めながらお母さんは「美香ちゃんやから、言うけどな」と前置きをして、「実は、お父さんやお父さんの仲間に薬を届けているんや」と話した。薬・・・?と一瞬焦ったがそれは風邪薬や胃薬やカイロのことで、厳しい冬を乗り切るためのお母さんの心配りだった。次の張り込み場所はヨコハマだと言ってたっけ。もう半年も姿を見てない。お父さんは「最近、誰もいてへん。寂しなった」と肩を落とす。それでも二匹の犬たちは、道頓堀でお父さんに逢うと顔をペロペロと舐めて甘える。先日なんて「またいつ逢えるかわからんから、まめとみつにやってくれるか?」と大きな袋入りの犬用ジャーキーをわざわざ買って持ってきてくれた。いつでも逢えるのにと思ったけどそんな確信はどこにもないのかも。これまで相当悪い人たちを見てきたというお母さんと、これまで相当悪いことをしてきたというお父さんのいない道頓堀は私にもちょっと寒い。きれいになっていくだけが大阪の姿だろうか。少なくとも二匹の犬たちにとっては、今も逢えば全身全霊で駆け寄っていく大好きなこの町のお父さんとお母さんだ。

 

photo/Tokuharu Yamada(500G)

 

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