リカが188にやってきたころ、
わたしはとても落ち込んでいた気がする。
離れていった仲間や、手放した大切なものが、あきらめきれずにふわふわ彷徨ってて。
19歳のリカがわたしのところにやってきてくれて、
そのとき確か、万里子に
「美香ちゃん、顔で選んだらあかんよ」と釘を刺されてたにもかかわらず
なんとまあ、
かわいくて素直なおんなのこなんだろう、と
ひと目で気に入ってしまい、「ねえ、ガクさん、きょう来た子、めっちゃかわいいで」
面接でキンチョウしまくっているリカにわたしは、
「その睫毛は、マスカラを塗り捲ってるのですか?」
「お料理はなにが得意?」「食べることはスキですか?」など、
およそ業務上には関係ないが、
188でやっていくうえで、
重要な質問ばかりをしていた記憶がある。
もってきた作品は、卒業制作に加えて
高校の文化祭でイラストを描いたというTシャツとトレーナー。
高校時代という時間が、この子にはまだ、昨日のように身近なんやなあ、と・・・思った。
初日から、すっかり気に入ってしまったわたしは、ガクさんのライブペインティングを見せ、
丸福珈琲の奥の席で作品をみて、事務所で話して、夜には、芝居にまでつれていくほど、
ひっぱりまわした。
それから別れ際に、「あなたは、すぐに泣く子ですか?」と質問した時、
少し考えてから「・・・泣き虫ですが、弱虫ではありません」。
と、きっぱり。
入社してからは、どこにいくにもリカを連れて、
誰にあうのにもリカを紹介した。リカはわたしの自慢の新入社員で、
ちょっと照れくさい言い方だけれど、188の希望の光だった。
ある日、「美香さん、相談があるのであとで時間を・・・」といわれたとき
心臓が飛び出そうになった。上司が相談を受ける場合は、たいてい、「辞職」のときだ。
サイアクの状況を想像しながらも、「ぜめて、子供ができたぐらいの事件にしといてくれ!」と、
思っていたら、その通りで、
これまた青春ドラマみたいな話やなあ、
せやけど、乗り越えなあかんもんはようさんあるなあ、と
思っていた。ただ、「いのちが生まれようとしている」、という一点においては、
本当にリカは希望の「光」で、188は全社員をあげて、
リカの味方でいることを心に決める。
眠れない日々が何日も続いたんやと思う。
それでも、リカは母の顔をとっくにしていて、ゼンに逢わない選択肢など
まったくもってない潔い女の顔をしていたとおもう。
「まだ、心拍がはじまらない」とリカが病院でいわれたときは、
本当にドキドキして、
動き出せ、動き出せ、動き出せ・・・と祈っていた。
病院にいくたびに、小さなゼンがいた。お腹のなかの写真をみせてもらった。
「ミッキーマウスみたいでしょ?」
「米粒みたいでしょう?」
リカのお腹がはちきれそうになってきて、いよいよ産休に入り、
いよいよ「生まれるかも」という日が近づいてきた。今日?今日?今夜?
188の社内には「リカの緊急連絡先」などがかかれたポスターが貼られた。
確か、第九のレッスンの日だったとおもう。
6時すぎから通しで歌ってて、フーガに差し掛かったころで、
わたしはそわそわしていたものだから、練習にはちっとも気合が入ってなくて
それでもフーガの4声が混じって、ハーモニーになったとき、
なぜか涙があふれてきて、あれあれあれあれ・・・なんで? と思ってて、
ほんで携帯みたら、
リカのママちゃんからの着信・・・
かけなおしてみると、ほっとしたようなお母さんの声。
「生まれました!!」
満月のした、ゼン、生まれたて。
リカ、本当におめでとう。
リカの思い通り、ちゃんといっしょに住んで、ちゃんと産んで、ちゃんと結婚式ができましたね。
リカの思い通りにこれからも運命と運を引き寄せるおんなでいてください。