PROFILE/MIKA MURAKAMI@188《コピーライター》
瀬戸の海を産湯に、波を子守唄に育ち、大阪はミナミの繁華街・坂町に生息する女コピーライター。藤原新也の「人間は犬に喰われるほど自由だ」を敬愛し、「はて。ほんとうに人間は犬に喰われるほど自由か?」と日々思い巡らしながら、2008年2月よりひょんなことから柴犬まめと暮らす。はて。きみにほんとうに伝えたいコトバはなんだろう。そんな、きみとわたしのこれからブログ。
きょうは熊本地震から1年。
朝から、テレビをつけたらNHKのアナウンサーが南阿蘇村に
いってたりしたので、ああ、1年なんだと思いながら
熊本の友だちのことを想う。想うだけだけど、想う。
不思議だ。
そこに住む、暮らす、人の顔が見えてきてはじめて
町に体温があることを知る。
当りまえのことなのに、そこに名前がつくと変わる。
やば兄、なにしてっかな。川崎さん、今日も丸裸でいるのかな。
まきちゃん、どうしてっかな。
そんなに深い間柄ではまだないけれど、これから、
もっと長く仲良くしていきたいと思える人たち。
ほんとうはたいへんな状態がいくつもつづいていただろうけど、
彼らは、私をずっと笑わせてくれていた。
今日も、熊本・大分の展覧会についてのやりとりは、
大方がアホな話で、大喜利みたい。はじめっからそうだった。
私一人だけが建築用語がわからないので、
矢橋さんや内海さんが自然に使う建築用語がうらやましくって
ついていきたくって、いっちょかみしてる中学生のきぶん。そのうち、熊本という町が、「友達の住んでいるまち」に変わった。
まだいったことがないけどね。地続きで、この新幹線にのれば、いける、って
想うもの。そのたびに、友だちの顔が浮かぶもの。
それって、熊本に住んでいるいろんなひとぶんの1、ぐらいの小さなものだけど、
逆にいえば、私だって、「広島に住んでいるいろんなひとぶんの1」ぐらいの
存在で。だけど、人と人って、それでじゅうぶんで。
何かあったときに想い逢えるっていいよね。
そう、ゆっくり考えてみようと思っていたら、やば兄からメッセージがきた。
ありがとう、って。ふつうだったら、あっという間というんだろうけど、
僕にとっては何年分もの人の温かさを感じる1年だったと。
そういう、根っこでつながれる人ができた、
1年です。次の週末、はじめて熊本にいきますよ。
逢いに行かなくちゃ!!