PROFILE/MIKA MURAKAMI@188《コピーライター》
瀬戸の海を産湯に、波を子守唄に育ち、大阪はミナミの繁華街・坂町に生息する女コピーライター。藤原新也の「人間は犬に喰われるほど自由だ」を敬愛し、「はて。ほんとうに人間は犬に喰われるほど自由か?」と日々思い巡らしながら、2008年2月よりひょんなことから柴犬まめと暮らす。はて。きみにほんとうに伝えたいコトバはなんだろう。そんな、きみとわたしのこれからブログ。
ロスアンゼルスに住んでいる
美人のおねーさんからメッセージが届いて
いつもフェイスブックの言葉みててくれるようで
人生が変わるぐらい震えたり、
救われたりしている、ありがとう。と。
SNSは、コメントやいいねをくれる人だけが住人じゃない。
こちらの想像以上にみたりかんじたり、してくれている人がいます。
そして。あらためて自分にできることを考えてしまいます。
私は熊本に飛んで行ってボランティアに汗を流すことは今はできないけど、それは全力でここから応援することと、ぜんぶ終わった後にもういっしょにビールを飲みまくる、というねぎらいタイムを担当するしかできんけど。(それでも、私でもやれることがあるといってもらえて、行こかなという気にもなる。コロナの心配さえなければだけど)
で、まいにちの
一言一句大事にします。わたしはあんがい、長く続けることができるみたいで。長距離走、きらいじゃないので。
「ことばで人のこころをやわらげる」
空気になるまでやったろかな、とかおもう。
最近よくおもう。空気になるまで。あたりまえすぎて気づかいないぐらい。(でも、承認欲求でてくるだろな、たぶん)
八方美人です、これたぶん。実際にそばにいる家族や仲間に対して本当にそれができているかは自信がないし、ぜんぜん、ポンコツってのもあります。いうてることとやってることちゃうやん、的な。
でも。そのひとことで楽になるなら、
私は、楽になる方のことばをえらんで、声をかけます。
さんまさんがゆうてたね。人を傷つけない嘘ならついてもええねんって。それとてもわかります。そっち派。
わざわざしんどくなることばをつかうことは、やりたくありません。で、
からだがゆうこときかないときは何もかかない。
自分自身は聖人でもなんでもない、やさしさのかたまりなんかでもなんでもない、俗なひとなので。
どんなことばが、ふさわしいか。
それはたとえ、ふざけた会話文のなかでだって、間をとって
考えます。相手を傷つけるコトバになってないか、と。
昔よくこれで失敗したからな・・・